『有田と週刊プロレスと』 Season2 No.019 ~「最強」をめぐる葛藤!髙田延彦vsヒクソン・グレイシー!≪前編≫~

格闘技プロレスの本編

放送日は2017年11月29日、ゲストはプロレス大好きビビる大木。有田に渡される週刊プロレスは1997年10月26日号。

表紙には悲壮な表情を浮かべる高田が写っており、タカダチルの言葉が・・・。

UWFから始まったといえる格闘技プロレスの本編ともいえる高田とヒクソン・グレイシーとの闘いについて語られる。

その内容をちょびっとご紹介。

最強『高田延彦』

長嶋に憧れて野球をやっている小僧が、ある日長嶋を超える人を見つける。

アントニオ猪木だ。

猪木についていくことを決め、プロレスの世界に足を踏み入れ、そして下積みから始めた。

それが高田である。

新日本に入ったが、その後兄と慕っていた前田日明がUWFを立ち上げたため、それについていく。
UWFは一度解散して新日に戻るが、その後にいろいろと問題が発生して、第2次UWFを前田日明が旗揚げし、
高田はその中核として活躍する。そして、第2次UWFは格闘技プロレスとしてブームを迎える。

ただ、第2次UWFも分裂してしまい、UWFインター(高田がトップ)、リングス、藤原組(→その後パンクラスとバトラーズに分裂)に分かれてしまう。

この辺りは、Season1 No.16をご覧いただきたい。

Uインターのトップとなった高田は、「最強」を掲げ、様々な戦いを展開する。

例えばSeason2 No.15の北尾との対戦やボクサー等との闘い、本当に「高田=最強」の公式が成り立つイメージだったとのこと。

実際に誰が強いのか、と言う話になった時には「高田延彦」もしくは後輩の「安生洋二」とも言われていたらしい。

黒船現る

そのような時、ウェイン・シャムロックというパンクラスの中核選手が、アメリカで第1回UFC大会というほぼなんでもありの殴り合いのような大会に参加する。

ところがウェイン・シャムロックはあっさり負け、優勝したのがホイス・グレーシーだ。

ホイス・グレイシーは、第2回も優勝する。そこでインタビューを受けたホイス・グレイシーはとんでもないことを発言する。

「俺の兄は10倍強い!!」その兄こそがヒクソン・グレイシーだった。

そこで日本の大会にヒクソン・グレイシーを呼んでみたが、あっさり優勝されてしまう。

「最強」の重圧のなか『10.9東京ドーム』へ

こうなってくると「最強」を背負っているUインター、つまりは高田に期待が集まる。

「最強なんだろ?早くグレイシーとやれよ!!」「おい、そいつを倒して最強なのか?」と野次られる状況に・・・。

そのような中、道場で一番強いとか言われていた安生がブラジルのグレイシーの道場に道場破りに行くが、結果あっさりと返り討ちにあう。
このあたりの流れはSeason1 No.20をご覧いただきたい。

こうなってくると高田への期待は集まるが、ただ、この時のUインターは経営的な危機の状況にあった。

高田は背に腹は代えられず、ありえない新日との決戦を行う。それが伝説の興行『10.9東京ドーム』(Season1 No.0102)だ。

有田はこの時の、本当は「最強」を書掲げてグレイシーとの対決に挑みたいが、メンバーを食わすためにやむを得ず金になる新日との対抗戦を選択するというこの葛藤にまみれた高田が一番好きとのこと。

試合観戦記

〇ホイスグレイシーVSウェイン・シャムロック

〇1995年10月9日『武藤敬司vs高田延彦』 他