『有田と週刊プロレスと』 Season1 No.024 ~ “NOAH”の方舟、荒海へ出航!三沢と天龍の「激的再会」とは!?~

NOAHの三沢と天龍が巡り巡って対決

放送日は2017年5月3日、ゲストは武井壮。週刊プロレスは、2005年1月26日号(No.1241)。

全日本プロレスの歴史を復習しながら、あり得ないといわれた三沢と天龍が闘うことになった経緯を有田が語る。

その内容をちょびっとご紹介。

全日本プロレスの歴史

ジャイアント馬場からジャンボ鶴田、鶴龍対決、天龍の離脱、四天王プロレスの時代へと移り変わっていく。

そして、2000年にはジャイアント馬場が永眠。

全日を引き継いだのは三沢だった。三沢は様々な新しい取り組みを始めていく。

そんな新社長三沢と対立したのが、なんと・・・馬場元子(元社長夫人)だった。

そのようなこともあって、三沢は全日を離脱し、NOAHを立ち上げた。川田利明と渕正信らを残し、全日の他の主力メンバーは三沢について行ってしまう。

全日本プロレスは大ピンチ。そんな時帰ってきて手伝ったのが天龍源一郎だった。

当然、全日とNOAHが交わることはもうなく、断絶されたままである。

三沢光晴は人望があった

三沢は色々な人から好かれていたらしい。

例えば、ZERO-ONEを立ち上げた『橋本真也』や今も活躍する『鈴木みのる』とも対戦した。

そうして、2005年1月8日には、ついに『天龍源一郎』との対戦が実現する。

天龍は、全日本プロレスとの契約が満了し、元子夫人との筋を通したうえで、対戦したらしい。

また、サブストーリーとして、昔、同じ釜の飯を食って、違う道を歩んだ三沢とほぼ同期の『越中史郎』がそのときの天龍のパートナーだった。これもまた激的再会ともいえる試合。

天龍源一郎という男は、プロレス界にオープンとフラットと筋を通すというよい風を吹かせ続けた男だ。
つくづくカッコイイと思う。

そして、そんな天龍から数少ない馬の合う友人といわれていた三沢もまた魅力的だ。

試合観戦記

〇2005年1月8日『三沢&力皇vs天龍&越中』

動画はこちら(ニコニコ動画)

天龍の水平チョップと三沢のエルボーの応酬は見もの。

天龍は54歳にも関わらず、まったく衰えを感じさせない。