『有田と週刊プロレスと』 Season1 No.009 ~未だ真相は闇の中…!伝説の”セメントマッチ”を激語り!~

前田日明の生き様

放送日は2017年1月18日、ゲストはアンガールズの田中。有田に渡される週刊プロレスは1986年5月20日号(No.144)。

UWFを立ち上げ、本気で相手を倒しに行く闘いを繰り広げる格闘王『前田日明』。今回はそれを象徴するUWFと新日の団体戦・・・だけではなく、今も語り継がれる『前田日明vsアンドレザジャイアント』の不穏試合を有田が解説。

その内容をちょびっとご紹介。

『UWF vs 新日』5対5 シングル勝ち抜き戦

前田日明が新日から立ち上げた“UWF”は、一部の玄人ファンには人気を博したものの、地方では盛り上がらず、資金面がショートし、畳むことに・・・。

結局、前田日明とUWFメンバーは、全日のG馬場からの誘いもメンバー全員の移籍が叶わなかったことから断り、筋を通して新日に出戻る。

ただ、今までのエンターテイメントを含んだプロレスとは異なり、格闘技として倒しに来るその元UWFメンバーの戦い方に、新日メンバーから対戦を敬遠されてしまう。

そのような中、1986年2月6日に『アントニオ猪木VS藤原喜明(UWFメンバー)』の対戦が行われる。その対戦で、反則スレスレのみぞおち攻撃を加えて絞め落とし、勝利した猪木に対して、元UWFメンバーがブチギレ、大乱闘が起こる。

前田日明に至っては、「猪木なら何やっても許されるのか!!」と明言を吐き、マジなハイキックを猪木に食らわせたとのこと。

そこから、新日と元UWFメンバーの対立が始まる。残念ながら『アントニオ猪木vs前田日明』のカードは紆余曲折の末実現しなかったが、藤波をリーダーとした新日メンバー5人と、前田日明をリーダーとしたUWFメンバー5人の勝ち抜き戦(1986年5月1日)が開催され、最終的には、前田日明が血まみれの藤波を倒す・・・という対決が行われた。

このような経緯から、「前田日明はやべぇ~奴だ」とプロレスラーの中でもやや腫物を扱うような感じになっていたのこと。それと同時に「前田日明はすごい!!」というカリスマ性をもつレスラーでもあったとのことだ。

『前田日明vsアンドレザジャイアント』の不穏試合

ただ、この回のメインは、その試合ではなかった。

前述のように、前田日明が「ちょっとあいつどうなの?」という感じになってしまっていた時、1986年4月29日、三重県の津市で『前田日明vsアンドレザジャイアント』が行われた。

いざ試合が始まると、アンドレの様子がおかしい。いつものエンタメ性はなく、ひたすら前田日明を色々な意味で潰すような闘い方をする。

前田日明のすごいところは、そのような224センチある巨体『アンドレザジャイアント』に対し、膝にピンポイントで壊す蹴りを加え続けて撃退したところ。

その後、猪木が介入し、結果は無効試合。

なぜ、アンドレがそのような試合をしたのかは、色々な説があり、真相は未だ闇の中。今も語り継がれる伝説の不穏セメントマッチとのこと。

(ちなみに、本気で相手を潰しにかかるような試合を、セメントマッチと言い、この試合はその代表の試合とのこと)

試合観戦記

〇1986年2月6日『アントニオ猪木vs藤原喜明』

新日本プロレスワールドで観れます。ただ、残念ながら、前田日明の「猪木だったら何をやってもいいのか!!」は見れません。

〇1986年4月29日『前田日明vsアンドレザジャイアント』

残念ながら新日本プロレスワールドでは見れませんでした。が、画質はよくないですが、YOUTUBEでみることができます。

みんなが、驚くほどアンドレザジャイアント贔屓。

前田がローキックを入れまくり、アンドレはフラフラになっているが、「前田は攻めあぐんでいる、なすすべがない」「世紀の凡戦だ」と古舘伊知郎は解説を繰り返す。

正直、凡戦には見えず、正攻法で攻める前田の闘い方は面白いのですが、この時代のプロレスの価値観はこうだったのでしょう。

〇1986年5月1日『新日本vsUWF』5対5 シングル勝ち抜き戦

この勝ち抜き戦の最後の試合は、藤波は既に満身創痍の流血状態から始まります。それでも、すごい闘いをする。

「・・・人間って、意外と死なない、丈夫なんだぁ。少しの怪我でうろたえてはだめだ」という、妙な感想をもたらせてくれる試合だった。

以上